2013.02.28 Thursday
スポンサーサイト
一定期間更新がないため広告を表示しています
- | | - | - |
2000.06.15 Thursday
解説「Amazing grace(アメイジンググレイス)」
※無断転載禁止
(この解説は2000年6月にGauche氏により書かれたものです。転載については管理人あき宛お問合せ下さい。)
以下転載
========================================
賛美歌として、ゴスペルとして歌われることの多い[Amazing Grace]。奴隷貿易船の船長から牧師となり、奴隷制廃止運動に影響を与えた人物の物語です。
------------------------------------------------------------------------
気のせいか、最近になってCMの歌やBGMとして[Amazing Grace]を耳にすることが多くなりました。つい先だって終了したNHK趣味講座「ゴスペル」でも課題曲として取り上げられていました。この歌は1760〜70年頃に作られたもので、作曲者は不祥ですが作詞者は分かっています。John Newtonという人物です。6番までありますが、よく知られているのは1番でしょう。
Amazing grace! How sweet the sound.
That saved a wretch like me!
I once was lost, but now am found,
Was blind, but now I see.
John Newtonは波乱万丈の生涯を送った人です。1725年にロンドンに生まれ、幼くして母を亡くします。そして、商船の指揮官だった父に従って11歳で海に出ています。19歳で海軍に入隊し尉官候補生となるのですが、なじめなかったため脱走を図って捕らえられ、一水兵に格下げされています。その後自ら願って奴隷商船に乗りこみ、シエラレオーネに向かいます。そこで奴隷商人の召し使いにされますが、父の知りあいに助け出されます。そして自らが奴隷を運ぶ船の船長になります。20台半ばのことです。
彼はもともと信心深い方ではありませんでした。嵐の中もう沈没するかという時に思わず神に助けを願い奇跡的に助かった体験を経て、その嵐は神が自分を試した試練でありその加護を確信させて下さったのだと考えるようになります。(Newtonはのちに「1748年5月10日は私にとって回心の日だった」と述べています。)そして、自分の船では運ぶ奴隷を人間らしく扱うよう努めるようになります。もちろん、荷物あるいは家畜なみに扱う他の船に比べてという話で、人を商品としていること自体への疑いはこの時点ではありません。
30歳ころには病気のため船乗りの道をあきらめ、リバプールで潮の流れの調査の仕事につきます。その頃にメソジスト協会の指導者と知りあい、やがて牧師となることを志します。ヨークの大司教からは拒否されますが、リンカーンの司教によって聖職に就くことが許され、バッキンガムシャーに牧師補として下ります。40歳ころのことです。
42歳の時に詩人のWillam Cowperと知りあい、親友となります。Newtonは船乗りの時代から自分なりに勉強し、独学でラテン語・ヘブライ語・ギリシャ語を修めていましたが、Cowperと知り合ったことで文学的な素養にもめざめたことは想像に難くありません。彼らは教区を巡回しつつ討論し、新しい賛美歌を作ろうと思い立ちます。そして生まれた作品のひとつが[Amazing Grace]です。NewtonとCowperが編纂した[Olney Hyms](1779年)には[Amazing Grace]は掲載されていませんが、週ごとの礼拝で歌われていたようで、成立は1770年以前と考えられます。その後に色々な人の手が加えられて現在伝えられる6番編成になり、1780年ころに賛美歌集に収められました。
Newtonは1780年にロンドンのSt. Mary Woolnothに教区司祭として赴任し、自らの体験をふまえた説教を行います。この一連の説教は、後に奴隷制廃止論をとなえたWilliam Wilberforceに影響を与えました。晩年には盲目となりましたが、精力的な活動は衰えませんでした。
------------------------------------------------------------------------
...という作詞者の人生を知っておいて、再び[Amazing Grace]の歌詞を読んでみると、まさに体験に基づいた歌であることがよく分かります。奴隷貿易の一旦を担った身から信仰にめざめ、ついには奴隷制廃止運動の種を蒔くにいたったJohn Newton。彼が何をこの歌に託したのかを知ると、アメリカ国家成立(1776年)近辺にイギリス人が作ったものでありながらアメリカでも愛されている理由が分かるような気がします。なお、研究家の多くは曲の起源をアメリカの民謡に求めていますが、黒人奴隷の歌に原形があるという説があります。ゴスペルとしてのアレンジがあるのは黒人霊歌の起源であるアフリカ由来のリズムや音階と通じるものがあるから、と考えると納得できる説です。
Amazing Grace
Amazing grace! (how sweet the sound)
That sav'd[saved] a wretch like me!
I once was lost, but now am found,
Was blind, but now I see.
'Twas[It was] grace that taught my heart to fear,
And grace my fears reliev'd[relieved];
How precious did that grace appear,
The hour I first believ'd[believed]!
Tho'[Though] many dangers, toils and snares,
I have already come;
'Tis[It is] grace has bro't[brought] me safe and thus far,
And grace will lead me home.
The lord has promis'd[promised] good to me,
His word my hope secures;
He will my shield and portion be,
As long as life endures
Yes, when this flesh and heart shall fail,
And mortal life shall cease;
I shall possess, within the veil,
A life of joy and peace.
The earth shall soon dissolve like snow,
The sun forbear to shin;
But God, who call'd[called] me here below,
Will be forever mine.
注)[]内は標準的書法。版によって綴りに違いがあるので初版に準拠した。
私(gauche)がこの曲をはじめて聞いたのは教会での賛美歌としての独唱でした。長くエコーが響きおごそかな雰囲気に包まれました。その印象が強いせいか、ジャズ系やゴスペル系のアレンジにはちょっと違和感があります。しかし、どんなアレンジであっても好きな曲であることに違いはありません。折りに触れ、歌いたい・聞きたい歌です。
========================================
この記事は気に入って頂けましたか? ⇒ yes no
(この解説は2000年6月にGauche氏により書かれたものです。転載については管理人あき宛お問合せ下さい。)
以下転載
========================================
賛美歌として、ゴスペルとして歌われることの多い[Amazing Grace]。奴隷貿易船の船長から牧師となり、奴隷制廃止運動に影響を与えた人物の物語です。
------------------------------------------------------------------------
気のせいか、最近になってCMの歌やBGMとして[Amazing Grace]を耳にすることが多くなりました。つい先だって終了したNHK趣味講座「ゴスペル」でも課題曲として取り上げられていました。この歌は1760〜70年頃に作られたもので、作曲者は不祥ですが作詞者は分かっています。John Newtonという人物です。6番までありますが、よく知られているのは1番でしょう。
Amazing grace! How sweet the sound.
That saved a wretch like me!
I once was lost, but now am found,
Was blind, but now I see.
John Newtonは波乱万丈の生涯を送った人です。1725年にロンドンに生まれ、幼くして母を亡くします。そして、商船の指揮官だった父に従って11歳で海に出ています。19歳で海軍に入隊し尉官候補生となるのですが、なじめなかったため脱走を図って捕らえられ、一水兵に格下げされています。その後自ら願って奴隷商船に乗りこみ、シエラレオーネに向かいます。そこで奴隷商人の召し使いにされますが、父の知りあいに助け出されます。そして自らが奴隷を運ぶ船の船長になります。20台半ばのことです。
彼はもともと信心深い方ではありませんでした。嵐の中もう沈没するかという時に思わず神に助けを願い奇跡的に助かった体験を経て、その嵐は神が自分を試した試練でありその加護を確信させて下さったのだと考えるようになります。(Newtonはのちに「1748年5月10日は私にとって回心の日だった」と述べています。)そして、自分の船では運ぶ奴隷を人間らしく扱うよう努めるようになります。もちろん、荷物あるいは家畜なみに扱う他の船に比べてという話で、人を商品としていること自体への疑いはこの時点ではありません。
30歳ころには病気のため船乗りの道をあきらめ、リバプールで潮の流れの調査の仕事につきます。その頃にメソジスト協会の指導者と知りあい、やがて牧師となることを志します。ヨークの大司教からは拒否されますが、リンカーンの司教によって聖職に就くことが許され、バッキンガムシャーに牧師補として下ります。40歳ころのことです。
42歳の時に詩人のWillam Cowperと知りあい、親友となります。Newtonは船乗りの時代から自分なりに勉強し、独学でラテン語・ヘブライ語・ギリシャ語を修めていましたが、Cowperと知り合ったことで文学的な素養にもめざめたことは想像に難くありません。彼らは教区を巡回しつつ討論し、新しい賛美歌を作ろうと思い立ちます。そして生まれた作品のひとつが[Amazing Grace]です。NewtonとCowperが編纂した[Olney Hyms](1779年)には[Amazing Grace]は掲載されていませんが、週ごとの礼拝で歌われていたようで、成立は1770年以前と考えられます。その後に色々な人の手が加えられて現在伝えられる6番編成になり、1780年ころに賛美歌集に収められました。
Newtonは1780年にロンドンのSt. Mary Woolnothに教区司祭として赴任し、自らの体験をふまえた説教を行います。この一連の説教は、後に奴隷制廃止論をとなえたWilliam Wilberforceに影響を与えました。晩年には盲目となりましたが、精力的な活動は衰えませんでした。
------------------------------------------------------------------------
...という作詞者の人生を知っておいて、再び[Amazing Grace]の歌詞を読んでみると、まさに体験に基づいた歌であることがよく分かります。奴隷貿易の一旦を担った身から信仰にめざめ、ついには奴隷制廃止運動の種を蒔くにいたったJohn Newton。彼が何をこの歌に託したのかを知ると、アメリカ国家成立(1776年)近辺にイギリス人が作ったものでありながらアメリカでも愛されている理由が分かるような気がします。なお、研究家の多くは曲の起源をアメリカの民謡に求めていますが、黒人奴隷の歌に原形があるという説があります。ゴスペルとしてのアレンジがあるのは黒人霊歌の起源であるアフリカ由来のリズムや音階と通じるものがあるから、と考えると納得できる説です。
Amazing Grace
Amazing grace! (how sweet the sound)
That sav'd[saved] a wretch like me!
I once was lost, but now am found,
Was blind, but now I see.
'Twas[It was] grace that taught my heart to fear,
And grace my fears reliev'd[relieved];
How precious did that grace appear,
The hour I first believ'd[believed]!
Tho'[Though] many dangers, toils and snares,
I have already come;
'Tis[It is] grace has bro't[brought] me safe and thus far,
And grace will lead me home.
The lord has promis'd[promised] good to me,
His word my hope secures;
He will my shield and portion be,
As long as life endures
Yes, when this flesh and heart shall fail,
And mortal life shall cease;
I shall possess, within the veil,
A life of joy and peace.
The earth shall soon dissolve like snow,
The sun forbear to shin;
But God, who call'd[called] me here below,
Will be forever mine.
注)[]内は標準的書法。版によって綴りに違いがあるので初版に準拠した。
私(gauche)がこの曲をはじめて聞いたのは教会での賛美歌としての独唱でした。長くエコーが響きおごそかな雰囲気に包まれました。その印象が強いせいか、ジャズ系やゴスペル系のアレンジにはちょっと違和感があります。しかし、どんなアレンジであっても好きな曲であることに違いはありません。折りに触れ、歌いたい・聞きたい歌です。
========================================
この記事は気に入って頂けましたか? ⇒ yes no